二.チーム091

二.チーム091

ティスアは周囲を広大な砂漠と森林に囲まれた世界だ。独特な自然環境と奇妙な性質を持つ人々が住んでおり驚く様な出来事が起きる。

ティスアで引き起こされる様々な現象について、調査研究を目的とした組織が『特殊自然研究所』であり、現場に赴く対策員の事は『フォルカン』と呼ばれた。

 

スティン専門学校の第三会議室は十平米ほどの部屋にテーブルとパイプ椅子が置いてあるだけの簡素な空間だった。窓から学校裏の駐車場が見渡せる。うす汚れたカーテンが窓枠の左右で纏められ、萎れた蕾のようにぶら下がっていた。

クロイは会議室に入ってからずっとそわそわと窓の外を気にしていた。

先週学校で就職先を決める適正診断と面接が行われ、その結果チーム091への配属が決定した。いくつかある候補の中で、それなりに知名度があり、興味を引かれたチームだった。ただし面接は091のメンバーではなく、学校の職員による代理で行われた。その為チームリーダーと顔を合わせるのは今日が初めてだ。クロイは新しい自動車が駐車場に入ってくる度に体を強張らせ、癖のある黒髪を撫でつける。
「大丈夫だって。落ち着けよ」

隣には幼馴染で同期配属となるシャビが座っていた。シャビは緊張など微塵もない様子でスマホを弄っている。派手な緑と黒のツーブロックヘアが眩しい。グレーのセットアップとカーキのハイカットスニーカーを履いたスポーティな服装だ。彼の背中からは透き通る四枚の翅が覗いていた。

一方のクロイはブラウンのシャツにベストと黒のスラックスを合わせ、足元では磨いたばかりの革靴が光沢を放っている。少しフォーマル過ぎただろうか。

早くも不安を感じていると、廊下から聞こえてくる足音に気が付いた。重く地面を震わせながら近づいて来ている。二人は慌てて背筋を正した。

足音が会議室の前で止まる。レバーが引き下げられ、ゆっくりとドアが開かれる。

次の瞬間、ガツンとぶつかる音と低いうめき声。壁の向こうの人物は悪態をついた。
「まったく、昔からここの出入口は狭くて適わんな」

部屋を揺るがす程の振動と迫力ある声に二人が動揺していると、半開きになったドアの隙間からニョキリと腕が生えた。オレンジの毛に覆われた指先がドア枠の上部を探り、鋭い爪が木材に食い込んでいる。慎重に身を屈めて入って来たのは大柄な男性だった。背中まである赤い癖毛の間から角が二本突き出ており、立ち上がると今にも天井にぶつかりそうだ。
「待たせて申し訳ない。チーム091のリーダー、ギュートだ」

赤くなった額を摩りながら名乗ると彼は持っていた鞄を床に置いた。ポロシャツにデニムというラフな出で立ちをしているが、こちらを見下ろす視線は獣の鋭さを含んでいる。新人達は椅子から跳び上がって頭を下げた。
「クロイです。よろしくお願いします!」
「シャビです。お願いします!」

二人の勢いに今度はギュートが驚く番だった。目を見開いて何度も瞬きしている。驚きはやがて感心に変わり、更に笑顔へと変化する。豪快に犬歯を覗かせながらギュートは右手を差し出した。
「クロイにシャビ、チームへの加入を歓迎するよ」

恐る恐る手を握り返すと、その毛並みは思いの外柔らかだった。
「まずは君達に渡すものがある」

ギュートは二人に椅子を勧め、自らもパイプ椅子を引き寄せた。鞄から封筒と革製のホルダーを取り出し二人に手渡す。

封筒の中身は名刺大のカードだった。顔写真の下に組織名と所属チーム、役職が記載され、ティスアの砂漠と森林を描いた刻印が押されている。ホルダーはベルトで腰に取り付けるタイプで、中に通信用の端末が入っていた。掌サイズの本体に液晶画面とボタンが五つ付いているだけのシンプルな物だ。
「そのカードはフォルカンの身分証だ。通常入れない場所への立ち入りや、研究所の資料閲覧の際に提示が求められる。通信機は主に屋外の調査で使用する。どちらも任務で必要になるので常に持ち歩くように」

ここで頃合いを見計らったかのように室内に着信音が響いた。ギュートはシャツの胸ポケットを探って携帯電話を取り出し、何度か短いやり取りをした後電話を切る。
「早速だが出発だ。詳しくは車の中で話そう」

 

チーム091のワゴン車はスティン専門学校を離れるとオーク通りを東へ向かった。
「ティスアで起こる現象の中で最も厄介なのがルーグ災害だ」

ハンドルを握りながらギュートは言った。少々窮屈そうに運転席に納まり、時折ライオンの様な尻尾で座席の端をピシリと叩いている。
「奴らは森林地帯の奥地からやってくると推測されているが、住宅地や街中にも頻繁に現れる。一匹ならたいしたことは無いが、数が増えると手が付けられなくなる」

ルーグとは硬い殻を持つ巨大な虫で、度々大量発生してはティスアの街を襲った。これまでにも多くの地域がルーグ災害に呑まれ、その度に街は形を変えてきた。復旧した所もあるが、未だに人の住めない場所が多くあるのが現状だ。
「今から行くのはコンクリート地区ですか?」

ナビの画面を見てクロイが尋ねた。スレン市内の一角が濃いグレーに塗られ、目的地はその中を示している。過去にルーグ災害が発生し、特殊自然研究所の管理下に置かれている場所だ。
「その通り。オレ達は便宜上、CO地区四十一号と呼んでいるがな」

正面を向いたままでギュートは頷いた。
「二年ほど前にルーグ災害が発生し、今は一般人の立ち入りは禁止されている。去年からチーム091が定期的に調査を行っていてな。今日は業務紹介も兼ねて、君達にはCO地区の現状を見てもらいたい」

リーダーは靴を履かない代わりに蹄の生えた爪先でアクセルを踏み込んだ。